「いらっしゃいませー! 二年花組、喫茶『ロサ・スィエル』営業中でーす! 駅前の人気喫茶から頂いた人気の紅茶をご用意しておりまーす!」 「演劇部による『ロミオとジュリエット〜その真実は硝煙に消ゆ〜』第2回公演チケット、残り十枚をきりました! まだの方は急いでお買い求めくださーい!」 「せーの、一年鳥組、お化け屋敷やってまーす! 是非来て下さーい! 北校舎4階でーす」 いつもは静謐に満ちた学び舎が、今まで我慢していたおしゃべりを吐き出すようにざわめきに満ちています。 呼び声、囁き声、台詞、はしゃぎ声、鈴を転がすような笑い声。 年に一度のお祭り。 「学園祭にようこそー!」 そう、今日は、私の学校の、学園祭です。 「家兄さま!」 正門の柱の傍に立っていた私は、道の向こうから現れた家兄さまにそっと駆け寄りました。 「いらしてくださったんですね」 「湊の学校の学園祭だからな。来ないわけがないよ」 そう言って、家兄さまは微笑みました。 「ここって結構有名なお嬢様学校だし、学校で自慢できるかもしれないしな」 私の通っている学校は、男子禁制――つまり、教職員以外の男性は、家族以外入ることが出来ません。そして、例えば今日のように校外の方を大勢お呼びするときは、生徒に配られた家族用のパスを持っていないといけないのです。 でも、家兄さまの言い方だと、私がいる学校だから、ではなく、有名な学校だから自慢できる――そんな風に感じました。 ……いえ、家兄さまが喜ぶのなら、そんなことを指摘するのは野暮というものですね。 「ようこそ、家兄さま。ご案内いたします」 最初に私たちが訪れたのは、正門から校舎に続く舗装路に並んだ露店でした。 「家兄さま、何か買われますか?」 「うーん、そうだな……」 家兄さまが迷っていると、右手のたこ焼きの露店から声をかけられました。 「湊さまー」 「あら、伊佐美ちゃん」 錐のようなものを持って鉄板に向かっていたのは伊佐美ちゃんでした。 「あ、お兄さんも一緒なんですねー」 こんにちは、と頭を下げる伊佐美ちゃんに、家兄さまが頭を下げます。 「湊さま、いかがですかー。うちのたこ焼きー」 そう勧める伊佐美ちゃんに、私は頷いて三枚分の金券チケットを渡しました。 「毎度ですー。――湊さま、気をつけてくださいねー」 「え?」 露店の前を離れた私と家兄さまに、伊佐美ちゃんが呼びかけました。 「家兄さまですよー。うちの学校は、普段は男性いませんからー。家兄さま、狙われてますよー」 頑張ってくださいねー、と人ごみに埋もれそうで耳に届く間延びした声は、なんとなく私の耳に残りました。 それから私と家兄さまは、いろいろなところを回りました。 一年生のクラスの、お化け屋敷に入ったり。 「なんか、怖くないね」 「どうしてお化けが出てこないんでしょう……」 あとで聞くと、「男の人を怖がらせると、あとでとんでもないことになるかもしれないと思った」らしいです。 演劇部の劇を見たり。 「ロミオとジュリエットって、ガンアクションだっけ?」 「さあ……」 舞踊部の舞を観にいったり。 「なんか緊張してるみたいだねぇ」 「……家兄さまがいらっしゃるからではないですか?」 「え?」 「え?」 そして、どこの場所に行っても、こんなことが起きました。 私に続いて家兄さまが教室に入ると、一斉に黄色い悲鳴が上がりました。 「み、湊さん、この方は?」 確か隣のクラスの――何さんでしたっけ? 「私の兄です」 家兄さまが緊張した面持ちで頭を下げると、教室の生徒の方たちは家兄さまの傍によって、いろいろな質問を口にしました。 一斉に投げかけられた質問に、しどろもどろになりながらも、家兄さまが答えると、皆さんはその反応にいちいち黄色い声を上げて。 家兄さまもまんざらではないような顔をして。 私はいつも、頃合を見計らって、皆さんに言うんです。 「皆さん、そろそろ次の場所へ行かないとならないので、これで失礼致します」 ――って。 「ここが美術部の展示場所です」 美術室の扉を開けると、絵の具のにおいに混じって、香水がにおってきました。 「湊さん? やっと帰ってきたー」 「もう、湊さんがいないとけっこう大変なんだから」 口々に言われ、私は頭を下げました。 「ごめんなさい。家兄さまの案内をしていたので……」 美術部員である私は、クラスの出し物は手伝い程度にして、美術部の似顔絵描きをメインにしていました。 家兄さまの案内があるので、少し席を外させてもらっていたのですが…… 「あら、その方は? もしかして……」 「私の兄です。武美さま」 美術部部長である宮本武美さまは、かすかに値踏みするような目で家兄さまを見て、頷きました。 「三年風組、宮本です。今日はようこそ、当学園に」 「あ、いえ。こちらこそ湊がお世話になっています」 あわてて頭を下げる家兄さまに、武美さまは首をふって、 「いいえ、湊さんは部で一番、才能がおありなんです。ゆくゆくは部長になっていただきたいとも思っておりますわ」 「た、武美さまっ」 そんなことを言われては――ああ、二年のお姉さま方の目が…… 「そうですわ。せっかくですし、似顔絵描きのモデルになっていただけませんこと? 普段、わたくしたちが男性の絵を描くとなると、写真か、顧問の先生をモデルにするものですから」 「え?」 家兄さまが、モデルに? 「ええ、いいですよ」 家兄さまが頷くと、私の心に、何か熱さと冷たさを持った何かが生まれました。 「それでは、誰か立候補はいて?」 「部長、私にやらせてもらえませんか?」 「わたくしにやらせてください」 家兄さまの、絵を、描く――私でない、誰かが…… 「湊さん?」 「は、はい!」 ぱっと顔を上げると、武美さまがこちらを心配そうな目で見ていました。 「どうなさったの? どこか具合でも?」 「そうなのか? 湊」 家兄さまが傍に来て、私の肩に手をかけました。 その瞬間、心の中の何かが消え去っていきました。とても涼やかで、とても暖かい感触が、肩から心臓の辺りにしみこんできて…… 「いえ……何でもありません」 「でも……」 「――やはり、やめにいたしましょう」 「え?」 武美様は肩をすくめて、 「お兄様を、わたくしたちの勝手なわがままで拘束するわけにはいきませんもの。それに、お兄様を描いてくださる人は、ちゃんと決まっていらっしゃるようですし」 ね? と武美さまはウィンクされました。 「夜になってしまいましたね……」 「うん」 日が暮れかけて、ざわめきも何もなくなってきました。 私と家兄さまは、校舎裏の温室にいました。私たちのほかには、誰もいません――そろそろ、校庭でフィナーレの篝火が灯される頃だから…… 「家兄さま、楽しかったですか?」 「うん」 遠くから、音楽が聞こえてきました。篝火の周りで、みんな踊りだしているでしょう…… 「さて、そろそろ帰るよ」 「あ、あの――」 「ん?」 「その――」 何が言いたかったのか、よくわかりませんでした。 昼間のこと――家兄さまの絵のことを言いたかったのか。 それとも、家兄さまを皆さんが囲んだときに感じた気持ちをさらけ出したかったのか。 あるいは、ここに来た理由は、私か、学校か、どちらなのかを聞きたかったのか。 どれか一つで、多分全部が交じり合い、頭の中が混乱してきて―― 「あのさ」 不意に、家兄さまは空を見上げました。 「この曲、なんだっけ?」 「……オクラホマ・ミキサーですね」 「ああ、どっかで聞いたことあると思った。運動会とかで踊るやつ」 「ええ」 「……踊ろっか」 「……え?」 家兄さまは照れくさそうに頬をかいて、 「せっかくだからさ。別にすぐ帰らないといけないわけじゃないし」 そんな顔を見ていたら、ふふっ、と笑いがこぼれてしまいました。 この人は、私は慰めてくれてるんだ。きっと、どうして落ち込んでいるのかは知らないだろうけど、家兄さまなりに、私を元気付けようとしている。 突然口元を押さえて震えだした私をきょとんと見ている家兄さまに、私は背筋を伸ばして言いました。 「でも、フォークダンスは大勢で踊るものですよ?」 「いいよ、それでも。踊ろ」 家兄さまの差し出した手に、 「――はい♡」 私はそっと、自分の手を重ねました。 |
"Festival with my dear,or in the presence of greenhouse"closed.
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